東京に戻って10日目。現状と心境を残す。

 

前回からのつづきです。
ちょっと感情的なので書き殴りします。だれにも言えない、悔しい気持ち。
ほんと、もうやだ。人生はどうしてこんなに苦しいんだ。

個性と個性ではない2つの意識の間でゆれ動く

 

最近の私は自我が戻ってきて、人間らしくなってきた。
かと思えばPNSE のロケーション1〜4あたりを移動することもあって、やっぱりまだ不安定だ。

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意識や思考・感情がおかしいときもあるけど、日常生活に支障はない。ふつうに生活できる。こころも基本はいつも平穏。

だけど問題は、禅定修行中に手放した、住まいと仕事。

住まいと仕事を手放してしまったことにものすごい後悔をしている。今度は現実世界で苦行を虐げられているようだ。

家も、仕事も、ぜんぶだいすきだったからこそ、なくなったあとの次を探すのが、難しい。

 

初台の家の思い出

 

これまでの私は、渋谷区の初台に住んでいた。それも10年という長い期間。

すごくいい部屋だったんだよ。東向きで朝日が気持ちよく入ってくる明るい部屋。大通りを一本入ったバス通りで、目の前は人通りはあるけどわりと静か。アパートの向かいには一本の大きな木が生えていて、そこから降り注ぐこもれびが最高に気持ちがよかった。

ずっと、「この部屋をでるときは結婚するときだ・・・!」て、そう思っていた。

絶対に引っ越すつもりなんてなかった。この初台の部屋より、いい部屋なんて、この界隈で、この価格で、絶対に見つからない。それくらいに条件がいい部屋だった。そうわかっていたからこそ、引っ越しなんてするつもりなかった。

だけど、私は引っ越してしまった。

だってあのときは、ほんとに死ぬか地元に帰るかの、2択しか選択肢がなかった。生きたかった。生きることしか、頭になかった。

とにかくここ(東京)を離れないと、私は消されちゃうんだ。それに、記憶がなくなるみたいだから、そのときに近くに助けてくれるひとがいてほしい。お父さんに側にいてほしい。そう思ったから、地元に帰ったんだよ。

もう、東京の暮らしも仕事もぜんぶ、ぜんぶいらないから、せめて目が覚めたときの私が困らないように、辛くならないように。そう思って地元に帰ったんんだよ。

 

なのに一向に、記憶はなくならない。

ふしぎな現象も地元に帰ると徐々に消えていった。いつもの「日常」が戻ってきた。ふつうに生活ができるようになった。

これまでのふしぎな現象がなくなって、やっぱりあれは幻だったのかな。て思うくらい、自分の体験したことは夢なんじゃないかな。て疑うくらい、元に戻った。

だから東京に戻ってきた。

 

決まらない、仕事

 

2020年1月18日(土)に東京に戻ってきた。

この日を選んだのは、もともと年が明けてもなにもなかったら東京に戻ろうとと決めていたことと、惑星たちの動きが順行に戻っていること、最短で入居できるシェアハウスの入居日がこの日だったこと。

これまで約3ヶ月間、地元でのんびりしていたから、年明け最短で戻れる日程がこの日だったという理由。シェアハウスはこれはこれで苦行だけど、まあ今回は置いておいて。

 

最近は職探しに奮闘してる。

だけど、現実は厳しいんだよ。学歴・(たいした)職歴なしの私が、直近の仕事を1年未満でやめていて、いわゆる「訳あり物件」になってしまっている。

派遣でなら1週間くらいで決まるだろう。そうたかを括っていたけど、ぜんぜん決まらない。

これまで派遣会社の社内選考は当たり前のように通っていたし、エントリーをして1週間後には面談をして、すぐに決まっていたのに、1週間たったいま、20社近くエントリーして選考が進んでいるのは2社。まだ面談にはどの会社も進めていない。

これまでよりも、派遣元や先方の書類選考で落とされる確率が格段に上がっている。現実って、厳しいんだ。私はもう、選べない人間になっちゃったのかな・・・

もっとはやく東京に戻ればよかった。戻ろうと覚悟ができていれば、2019年のときも戻れていたかもしれない。だけど家を引き払ってしまっていたから、かんたんに上京できない。

いろんな負の連鎖が連なって、なんか、ぜんぶ自分が選んできたことだけど。でも自分じゃない大きな力が関わっていたことも多分たしかで。言葉がなくなる。

こんなこと誰かに相談しても「なに言ってんの?まあ気持ちを切り替えて。」くらいしか言ってもらえなくて。

なんていうか、悔しい。悔しい。すごく悔しい。

返してよ。私の人生。

去年の8月頃が、私の31年間の人生の中でいちばん輝いていたんだよ。

これまでぐだぐだ、なんだかんだで生きていた人生だったところから、ようやく、すきで、得意な仕事に出会えて、スーパーマンのようなひとたちに囲まれた環境で、毎日たのしく働いていたんだよ。ほんとに、毎日たのしかった。

仕事がだいすきだったんだよ。。。

あの先輩の元で学びたいって思ったから、給料安いし家から遠くても着いていきたいって思ったんだよ。

でも生きるか死ぬかくらいの瀬戸際だったから、あのときの私の優先順位は仕事よりも生きることを選んだ。だから仕事はもういいやって思った。

 

悔しいと悲しいしかない。

 

ああ、もういやだ。どうして私はいまも記憶があるんだ。どうしてちゃんと東京に戻ってこれたんだ。

ほんとに、この悔しさや悲しみの行き場がなくて、ずっと泣いてる。

だいすきだったものを失ったあとに、また新しいものを築いていくのってすごく大変。そんなエネルギー、あったはずなのに、どこかにいっちゃった。

 

でもこころのどこかにはやっぱり「だいじょうぶ」はあるんだ。

ただ今は、自我がちゃんと出てきて、人間らしく悲しみを感じてる。悔しさを感じてる。感じたくないのに、こんな感情。

 

悔しい。私の人生かえしてよ。2019年8月の続きを体験させてよ。戻らせてよ。リセットしてよ。お願いだから。

 

なんて無情なんだろう。現実って。時間は、無常だ。

全部、諸行無常。そういうものなんだよ。
わかってはいても、やっぱり辛いなぁ、て。

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つづきます。

「悔しい」を原動力に動いてる。行き場のない感情が静かに溢れている。

 

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