前回からの続きです。
非公開: 東京に戻って10日目。現状と心境を残す。東京生活、まだ仕事は決まらない。
かわりに、プロボノ(社会人のボランティア)で農業・マルシェ運営・カフェ立ち上げプロジェクトにマーケターとして参画させてもらった。しかも私が入った次の日にメディア取材が決まるというベストタイミングで。
他には友だちからイメージ戦略の相談を受けたりと、仕事じゃないところでマーケティングの仕事に携われていて、なんだかんだ慌ただしくたのしく過ごしている。
この原動力と、最近の私の感情について記録を残そうと思う。
ムカついているのは、過去の自分の選択
2019年の夏。
だいすきな仕事を、憧れる先輩の下でしていた。心地よい部屋に住んでいて、私の31年間の人生の中でもっとも輝いていたときだった。
それまでの私は「なんだかんだ」の人生を過ごしていて、特別たのしい!て訳ではないけど、つまらない。という訳でもない。ほんとにただ平坦な人生を過ごしていた。
2018年・2019年と、続けてショッキングな出来事が起こっていて、
このショッキングな出来事と「無」を体験し終えたあとの、ようやく望んでいた「明るい人生」になれたんだ、と実感していた。
だけど、「ふしぎな体験」を通して、日常生活を送れなくなった。
明るい人生、輝いていた日常。そんな生活を短期間で手放してしまったことが悲しくて後悔していて悔しくて。毎日泣いてる。
だから最近、この「悔しい」って気持ちを原動力に動いてる。ムカついてるのは過去のじぶんの選択。ほんと悔しくて、「悔しい」て言葉しかでてこない。
止まっているとどんどん嫌になってくるから、なにも考えないでガムシャラに動いてるときがある。
別に。誰かに聞いてほしい訳じゃない。
この「悔しい」気持ちは誰にもぶつけることができない。誰かにもわかってもらうこともできない。言語化したって解決しない。誰かに聞いて慰めてもらいたい訳でもない。
自分を認めてあげることでしか、この気持ちを昇華させることはできない。
これは自己否定をしている訳ではなくて、まだいまは、自分を認められるほど気持ちの整理と現実が追いついていないだけ。
解決策は自分を認められるようになること。
自分を認めるには、あの時よりも輝かなくちゃいけないって思っている。
2019年の夏よりも輝いた日常を送らないと、あの体験はなんだったんだ。私はなんのためにすべてを手放したんだ、と、それこそほんとの自己否定につながってしまう。
だからいまは、「悔しい」を原動力に、この感情だけで動いている。
ただその反面、この怒りに似た負のエネルギーで動いているという現実が、いやだな。て自己嫌悪したりもしている。
だからはやくあの世に行って、守護霊になりたい。て、よく思ってもいる。もう、この世にあんまり未練はないかな。
あの時あんなに、「生きたい」って強く願っていたけど、いまはもうどっちでもいいや、という感じ。この世に残りたいという気持ちさえも手放してしまった。さみしいよね。皮肉だよ。
でもまだ死ぬ出来事はないから、いまはただ毎日泣きながら、泣きながら動いてる。「悔しい」という思いが私を突き動かしてくれている。その動いた先に面白いことが待っていると信じてるから、ちょっとたのしくもある。
毎日すごい感情的になっていて、やっぱり悔しい。
そして喜怒哀楽が激しくて、すごく人間らしい。
過去の自分は、悪くないんだよ。
過去の自分を、過去の自分の選択を振り返ることがある。
でも、それを責めるつもりはない。
あの時はほんとに選択肢がなかったんだよ。仕事も住まいも手放して、地元に帰るしかほんとに選択肢がなかったんだよ。あのまま東京に残るなんてできなかった。だから過去の自分を責めることなんて、絶対にできない。
辛かったから。
あの時、ほんとに辛くて、誰にも、、家族以外に頼れる人がいなかった。救ってくれるのはお父さんしかいなかった。おじいちゃんとおばあちゃんしかいなかった。
だから仕方がなくて。全部手放して逃げ出すのが最善の選択だったて、いまでも思うから。過去の私を責めるなんてできない。
そんなんだから、ほんとに行き場のない感情が溢れていて、毎日泣いてる。自分を認められるくらい、いまを輝かせないとこのループから抜け出せない。
こころから笑える日がまたくることを願っている。
つづきます。
非公開: ロケーションの変化(2/3〜2/9)【段階1〜4】
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